スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

瀬戸内国際芸術祭-2_ベンガル島-b

■手仕事の素晴らしさ-3 器
素焼きの器を作り、それに彩色をする職人チームが来ていて、私が行った時は、
器を作る職人さんは休憩中で、絵付けをする職人さんが黙々とカラフルな絵を
焼き上がった器に描いていました。

ややキッチュに絵付けされた器に違和感を感じたので、
「何これ?」みたいに聞いたところ、結婚式のお祝いか調度品として使われる
ような説明でしたが、「最近は結婚式を家で行わず、コミュニティーセンター
などの公共施設で行うことが多くなり、需要が少なくて困っているんだぁ」
なんてこぼしていました。

その後、器の方に話が映ると、絵師である彼は作陶コーナーに移動し、主が
留守なのを良いことに、実演してくれました。(今回隣でやっているのを
見て覚えたそうです)

地面に置いた車輪のようなロクロに棒をあてて廻し、勢いづいたところで
土をドンと中央に置いて、両手で上手に器を作ります。一度のロクロ廻しで
一気(約30秒)に仕上げてしまう、見事な手際の良さです。

ロクロ廻し

粘土をひねって

ハイ 出来上がり

今回の旅では、豊島・甲生の漁家に民泊し、タコ刺し・タコ飯などの
タコづくし(+黒鯛の刺身も♪)をいただき、帰りがけに玄関脇に置かれて
いた器に見入っていたら「蛸壺」だそうで、記念に1つ頂戴しました。

最終日に屋島にある「四国村」を訪ねたところ、徳島県の漁師の家が移築・
保存されており、その納屋に蛸壺がギッシリと詰まっていました。

蛸壺のある漁家

何故か今回の旅では、タコと器に縁があったようです。

***

以前(30年程前)インドを夜行列車で旅した際に、チャイ売りが素焼きの
器を(使い捨てで)使っていて、飲み終わった後は床に叩き付けて割るのが
作法でした。列車が2~3日の行程だと終着駅につく頃は足下に山が出来る程
だった事を思い出しました。
10円ぐらいのチャイの器代は1円にもならない程度だったかと想像しますが、
今では見られない光景かも知れません。
スポンサーサイト

瀬戸内国際芸術祭-1_ベンガル島

今年は何だか暑い日が続いています。

いよいよ「異常気象?」などと気になる人が多いのかも知れませんが、
へそまがりの私としては、まだまだ許容範囲内の出来事で、
・夏が暑いのはあたりまえ(寒ければ「異常気象」)
・暑ければ、無理をしないで、水分を良く採ってのんびり過ごす
などとつぶやきながら過ごしています。


独り言はさておき、そんな暑さの中、8月の8日~11日に瀬戸内国際芸術祭で
高松に登場した「ベンガル島」を訪れることをきっかけとして、瀬戸内を
小旅行してきました。

ベンガル島に関する説明は、北川フラム氏による以下の説明がお勧めです。
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/art_festival/story/28/
瀬戸内国際芸術祭の公式サイトは以下です。
http://setouchi-artfest.jp/

ベンガル島に行き、たくさんの職人達の仕事を観たり、話をしてきたり、
感じたことなどを思い出すと・・・

■手仕事の素晴らしさ-1 ジャムダニ織
昔から織物が好きで、世界各地の伝統的な織物の現場と製品を見てきました。
その中でも、ベンガルのジャムダニ織りは私にとって特別な存在です。

その特長は、紋様は全て極細に紡がれた絹or綿の糸による平織りの布に
横糸として織り込まれています。従って、拡大してその紋様を見ると、
ビットマップ画像のようにギザギザします。 
一般的に織り込まれる紋様は、見せる面と隠す面があり、裏面は紋様の糸が
通しで見えるので、見るに堪えませんが、ジャムダニの場合は紋様の糸を
次の列に送るか切り取ってしまうので、リバーシブルな紋様となります。
ジャムダニ織りの生地は透けて見えるほどの密度なので、裏糸が見えて
しまうと見苦しいのです。

平織りの布は、紋様があるところと無いところでも横糸のピッチが同一です。
その謎は、紋様が無い所では、一旦織った糸を後で抜いていると聞いたことが
あります。それで、透けて見えるほど風通しの良い布が出来上がります。
(モスリンも同様の手法を使っているそうです)

所で、織物の要素は、「紡ぎ」「染め」「織り」ですが、極細の糸を紡いだり
織ったりする際に、実は「高温・多湿」が好条件だそうです。
理由は・・・ちょっと考えてみてください。(ヒント:冬の静電気)

その日も、高温・多湿の好条件の中で、2人の職人さん達が黙々とジャムダニを
織っていました。 
私は、手持ちのジャムダニ・パンジャビを着て行ったので、職人さんの前に
黙って立つと彼は一瞬手を止め、上から下までその模様を眺め、手を伸ばして
触り「・・・何だ?」という顔! フフフ♪ それからベンガル語で一発冗談を
かますと、今度は「誰だコイツは?」となり、本格的に作業の手を止めて
お話ししました。

「日本の夏はどうだい? 涼しいだろう!」*「いやぁ~ トンデモナイ」
「ところで、今朝は何を食べたの」*「何故ベンガル語を話すんだ?」
「生まれたときからサ」・・・みたいな冗談話です。

ジャムダニ職人

翌日も訪ねて、「どうだい、仕事は進んでいるかい?」と尋ねると、
「あー、このくらい進んだ」と示したのは10数cm程度。サリー1枚織るのに、
2人がかりで1週間以上かかるこの作業を、変なオジサンの相手をしながら
黙々と取り組むナラヤンゴンジ出身の職人さんにドンノバッ(感謝)。

前日、豊島で片山邸を見学した際に聞いた話。江戸時代の豪商片山氏が
全国の逸材(建材と職人達)を集めて豪邸を作った際に、職人にその日の
仕事を尋ね、思ったより進みすぎているので「そんな雑な仕事をするな!」と
叱ったとか。 手仕事の世界は、このような価値観(余裕)が育てるのですね。

片山邸_茶室

片山邸:http://www.teshima-izumiya.jp/

***

途中で「モスリン」に触れました。ダッカモスリンは、かつて世界最高級の
薄手の織物でしたが、ある理由で途絶え、その技術を元に生き延びたものが
ジャムダニ織りです。何故モスリンが途絶えたかは、「ダッカモスリン 職人
指」などで検索してください。植民地~産業革命時代の影の歴史を学ぶことが
できます。


■手仕事の素晴らしさ-2 ノクシカタ
ノクシカタはベンガル地方の刺繍です。
ノクシの意味は絵で、カタは布や紙などを指しますので、「絵がついた布」
なんて意味になります。
検索サイトにて「ノクシカタ」で素敵な画像はたくさん見つかります。

刺繍は世界中にあり、インド各地でもそれぞれ地域ごとに独特な紋様を
持っています。もちろんインド以外でも、世界中に様々な刺繍があります。
日本人は刺繍好きな国民性なようで、これまでもノクシカタを含む刺繍
に関する展覧会を、日本民芸館や松濤美術館で開かれており、それぞれ
観に行き、心の栄養をGetしたものです。

世界の刺繍の優劣は付けにくいですが、その豪華さとデザインの大胆さでは
日本の室町~江戸時代の能装束が個人的には最も完成度が高いと思います。

それとは対極にありながらレベルが高いのがノクシカタで、その特長は、
その素朴さと緻密さにあるのかと思います。作者の愛情がこもった刺繍です。
モチーフは主に人物・動物・植物など身近ないきものたちです。
紋様が無いところも、生地と同色の刺繍がチマチマ施されているところが
いじらしくて好きです。

ベンガル島には、(確か)ジャイプール(北部)とラッシャヒ(西部)出身の
素敵な女性が、せっせとノクシカタを刺していました。 彼女たちが作った
ノクシカタを納めているところがアーロングというバングラの手工芸品の老舗で、
私の着ていたジャムダニ・パンジャビもそこで30年ほど前に求めたので、
「貴女たちが生まれる前に作ったものかもねぇ~」などと相変わらずの冗談を
飛ばしながらしばらく談笑。 
でも、以前の習慣で女性の写真を撮ってはイケナイ常識が邪魔をして写真は
撮りませんでした。(今思えば、綺麗なお嬢さん達でしたので残念な事をした)

アーロング:http://www.aarong.com/(英文)

私はバングラに住んでいた頃、一時ノクシカタコレクターで、毎週ノクシカタが
入手できるお店を巡回して目を肥やしました。何十点も持っていましたが、
今はほとんど誰かに(ほめられると)プレゼントしてしまい、手元には数点のみに
なりました。差し上げたモノも、きっとどこかで誰かに元気を与え続けている
ことでしょう。そんな力のこもった刺繍です。

尚、ジャムダニ織りは男性の職人さんが「仕事」として黙々と正確に織り続け、
ノクシカタは女性が家事の合間などにチクチクするので、そんな違いも表現に
つながり、、、どちらも良いのです。

生活と芸術について-1

芸術と生活を一緒にするカテゴリーを立てたのは、芸術は生活を豊かにする
大切なものだと思っているからです。

その他に生活を豊かにするものといえば、美味しい食事、愉快な仲間、
暮らしやすい住環境、やりがいのある仕事、気に入った洋服・・・
などが思い浮かびますが、それらは基本的な衣食住+仕事+人間となり、
芸術はそれらをつなぐに媒体やスパイスのようなモノなのだと思います。

いつからそのように芸術を捉えるようになったのかは定かではありませんが、、、
たぶん「芸術」を身近で素直に感じるようになった20歳代後半ごろの「出来事」が
きっかけになったのかと思います。(1980年代後半・・・約30年ほど前です)

そもそも芸術は人間が生み出すさまざまな表現のうち、ふつうに感受性を
持っている(と自覚している)人達にその価値を認められるものなのでしょうが、
私にとってそれは、どこかの評論家や画商が評価しようがしまいがお構いなしで、
自分が良いと感じればそれで良しとなります。

たまたまどこかで心が洗われるような表現に出会うと、「生きてて良かった!」
なんて思うのです。それが私にとって芸術です。

****

30年ほど前に、「有名なもの」に出合った体験をいくつかご紹介しますと・・・

■絵画では、ボッティチェリの『春』『ヴィーナスの誕生』に出合った
ウフィツィ美術館では、あまりの美しさと鮮やかさに言葉を失いました。

中学校の教科書(←確か)に載っていたそれらの絵は修復前の写真で、
煤に覆われどんよりと暗い印象で、何が良いのかさっぱりわかりませんでしたが、
私が見た絵は修復直後だったので、描かれた時の色彩が蘇っえり、
(廊下の突き当たりに掲げられていましたが)はるか数十メートル先から
その美しさは際立ち・輝いて見えました。(他に、ほとんど人もいなかったと思います)

中世(暗黒時代)→ルネッサンス(人間性の復興)という時代の変化を、
この絵を通して理解することになりました。

参考: ボッティチェリ wikiより

■彫刻では、デンマークのコペンハーゲン近郊にあるルイジアナ美術館で見た
様々な彫刻たち、とりわけジャコメッティーの「歩く男」の群像は忘れられません。

「歩く男」は彼の代表作で、広場などに一体で置かれることが多いようですが、
ここでは数体が部屋の中に同じ方向を向いて並んでいました。

彼の(同シリーズの)作品を写真などで眺めると、何だか孤独で寂しそうな
現代人の悲哀のようなものを感じていたのですが、群像となることで、
歩く男達の関係性による優しさや温もりを感じ、何だか自分もその中の1人に
なった気分で、勇気付けられた思いがしました。

この美術館は、近現代美術を美しい周辺の環境と、さりげない建物の中で
親近感を持って接することができる貴重な施設です。とかく大きな美術館で
ありがちな、人が大勢いて、作品が縮こまっているようなことはありません。

参考: ルイジアナ美術館 英文

■バレエでは、モスクワのボリショイ劇場で見た、レニングラードバレエ団により
アランフェス協奏曲の第2楽章にあわせた創作バ・ドゥ・ドゥで、究極の舞台芸術に
触れた思いをしました。

美しい音楽を耳と体全体で楽しむこと+目では研ぎ澄まされた身体表現による
バレエの相乗効果で、切なさや激しい感情の起伏などが、「これでもか!」と
迫ってきました。

あまりの美しさに(+何故か切なさに)自然に涙が出てきた始めての体験でした。

■他にも、
・デン・ハーグの美術館で見たモンドリアン(初期)の水彩画
・エルミタージュで見た、マティスの部屋の「踊る人」他
・プラド美術館の「ゴヤ」の部屋の重苦しさ 
などには、感性を鷲掴みにされた記憶が残ります。

****

何だかヨーロッパの有名どころに偏ってしまいましたが、それまで私が勘違いしていた
「高貴で近寄りがたい『芸術』」を身近なものにするためには、今思い返すと
このような体験がきっかけとなったのかと思われます。

要するに芸術は、「感じてナンボ!」の世界だと思います。
(理解するモノではありません)
それに接する前と後では、何だかモノの見え方が変わったり、元気が出たり、
優しくなったり、切なくなったり・・・心が何となく豊かになってしまう気がするのです。

その後、アジア・日本・身近な生活でもたくさんの「芸術」に出会い、
多くの感動をもらい続けています。<続く>

プロフィール

イージー・ウォーカー

Author:イージー・ウォーカー
神奈川県の北部・相模原市で
建築の設計を生きる糧としつつ
その他諸々のことについても
興味の向くまま・気の向くまま
人に頼まれるまま、、、
首を突っ込み・・・楽しく生きている
50代 オジサン の与太話です。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。